大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成2年(行ウ)4号 判決 1991年3月27日

原告

グループ市民の眼

右代表者事務局長

折田泰宏

右訴訟代理人弁護士

中村広明

山崎浩一

飯田昭

豊田幸宏

被告

京都府知事

荒巻禎一

右訴訟代理人弁護士

前堀克彦

主文

一  被告が、原告に対して、平成元年六月一二日付けでした、ダムサイト候補地点選定位置図〔鴨川の治水対策案補足資料(第五回鴨川改修協議会提出資料)編綴図面〕の非公開決定を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告(請求の趣旨)

主文同旨の判決。

二  被告(答弁)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二  当事者の主張

一  原告(請求原因)

(一)  当事者

(1) 原告は、肩書所在地に事務所を置く権利能力なき社団である。

(2) 被告は、京都府情報公開条例(昭和六三年京都府条例第一七号、以下公開条例という)一条一項の実施機関である。

(二)  処分の経緯

(1) 原告は、平成元年五月二九日、公開条例四条に基づき、被告に対し、第五回鴨川改修協議会に提出されたダムサイト候補地点選定位置図の公開を請求した。

(2) 被告は、右の請求に対して、第五回鴨川改修協議会に提出された資料で「鴨川の治水対策案(補足資料)」のうちダムサイト候補地点選定位置図(以下本件文書という)がこれに該当すると判断した上、平成元年六月一二日、公開条例五条六号に該当するとして、これを非公開とする旨の決定(以下本件処分という)をして、そのころ、原告にその旨を通知した。

(3) 原告は、本件処分を不服として、平成元年七月一七日、被告に対し、行政不服審査法六条により異議申立てをしたが、被告は、平成元年一二月二日、右の申立てを棄却する旨の決定をして、そのころ原告にその旨通知した。

(三)  まとめ

本件処分は違憲、違法であるから、原告は、被告に対し、本件処分の取消を求める。

二  被告(請求原因に対する認否、被告の主張)

1  認否

(一) 請求原因(一)及び(二)の事実をいずれも認める。

(二) 同(三)を争う。

2  主張(本件処分の適法性)

(一) 鴨川改修協議会

(1) 河川管理者である被告は、鴨川改修計画の意思形成の一環として、河川法九条二項に基づき、鴨川改修協議会設置要綱を定め、昭和六二年七月、鴨川改修協議会(以下協議会という)を設置し、同協議会は、鴨川改修に関し、学識経験者等の意見を幅広く聞き、景観対策及び治水対策に係る事項その他必要な事項について協議検討することを目的としている。

(2) また、昭和六二年一二月、市町村のシンボル的河川として周辺の環境や地域整備と一体となった河川改修を行ない、良好な水辺空間の形成を図ることを目的とする「ふるさとの川モデル河川」に、鴨川が指定されたため、同協議会はふるさとの川モデル事業の整備計画検討委員会の機能も併せ持つ。

(3) 協議会は、委員のきたんのない意見交換の場を保障するため、会議の非公開を議決し運営している。

(二) 本件文書

本件文書に示されたダムサイト候補地点は、鴨川の治水対策案のひとつとして、そもそもダム案を検討する余地があるのかどうかを明らかにする必要があることから、二万五、〇〇〇分の一の地形図を基に、等高線から読み取れる谷や谷地から、机上で貯水が可能な地形をダムサイト候補地点として選定し、当該地点を、鴨川の流域の範囲及び鴨川、高野川などの主な河川が記載された概要図に整理番号を付して示したもので、ダムサイト候補地点として極めて重要な地質等の自然条件なども全く考慮されていないものであり、ダムサイト候補地点としてさえも成熟していない、ごく入り口の段階の資料である。

(三) 公開条例の非公開規定の合憲性

公開条例は、憲法二一条や国際人権規約B規約一九条に由来する知る権利から直接導き出されるものではなく、地方自治法一四条一項に基づき、同法二条二項の行政事務を処理するために制定されたものであり、情報公開請求権は、公開条例によって創設された権利に過ぎない。このことは、公開条例四条が、請求しうる者を、府民及び府内に事務所又は事業所を有する個人・法人等に限定していることによっても容易に理解しうるところである。

そして、情報公開制度を定めるに当たって、情報公開請求権の内容をいかなるものとするか、また、何をもって非公開情報とするかは、専ら京都府がその制度の趣旨を考慮しつつ自主的に決定すべき問題であって、その当否が直ちに違憲、違法に連なるものではない。

(四) 公開条例五条六号該当性

(1) 意思形成の過程における情報に該当する。

本件文書は、協議会のどのような治水対策方式を選択すべきかについて検討するについての意思形成過程における情報に該当し、また、被告が、河川管理者として、協議会の取り纏め結果を基に作成する河川改良工事全体計画についての意思形成過程における情報に該当する。

(2) 意思形成に対する著しい支障のおそれに該当する。

イ 協議会の意思形成

治水対策方式については、川床掘削、ダム構想、分水路構想、二階建河川構想を含めて総合的に検討されているが、一定の地域においては、ダム建設反対運動が盛んに行なわれており、本件文書を公開すれば、あたかもある種の治水対策方式、即ち、ダム構想が特定され決定されたかのように誤解され、事実に基づかない議論が高まることは必至である。こうした情況になれば、特定の治水対策方式を巡って陳情、申し入れ等が行なわれることが十分予想され、それらを通じて各委員に種々の心理的圧迫を与えるおそれがある。

こうした心理的圧迫が与えられれば、きたんのない意見交換の場として非公開とした協議会の運営に支障が生じるおそれがあるばかりか、治水対策方式の選択肢の評価が正当に行なわれないおそれがあるなど、公正かつ適切な意思形成を行なう上で著しい支障を生じるおそれがある。

ロ 同種の審議会の意思形成

非公開の審議会では、各委員の経験知識を発揮した発言が重要であり、このため行政は本件文書のような未成熟な情報もあえて審議の場に提出している。万一審議会に提出するすべての資料が公開されることとなれば、今後の同種の審議会等の運営にも大きな影響を及ぼすおそれがある。

ハ 被告の意思形成

被告は、協議会の取り纏め結果を最大限に尊重して意思決定を行なうから、協議会の意思形成上著しい支障を生じるおそれは、被告が鴨川の治水対策方式についての意思形成を行なう上での著しい支障を生じるおそれとなる。

また、本件文書を公開すると、治水対策方式として検討されている複数の方式のひとつであるダム構想があたかも選択されたかのような議論が先行し、関係住民に不安感を与えたり、ダム建設を当て込んだ土地取引が行なわれるなど、無用の混乱をもたらすおそれがあり、被告の鴨川の治水対策方式についての意思形成を行なう上での著しい支障となる。

(五) まとめ

したがって、本件文書を公開しないとした本件処分は、公開条例五条六号に照らし、適法である。

三  原告(被告の主張に対する認否、反論)

1  認否

(一) 被告の主張(一)(1)、(2)を認め、同(3)は知らない。

(二) 同(二)は知らない。

(三) 同(三)を争う。

(四) 同(四)を争う。

直接民主制を大幅に採用している地方政治の下においては、住民による直接の意見具申は、最大限尊重されるべきもので、決して敵視されるべきでなく、これを心理的圧迫として敵視する被告の主張は誤りである。したがって、協議会への申入れ等によって協議会ないし被告の公正、適切な意思形成に何らの支障をもたらすものではない。

(五) (五)を争う。

2  反論

(一) 公開条例五条六号の違憲性

(1) 意思形成過程の情報を非公開とすることの違憲性

公開条例により認められた情報公開請求権は、憲法二一条一項、二五条、国際人権規約B規約一九条二項により保障された知る権利を具体化したものであり、民主主義制度の根幹をなす権利として尊重されなければならない。民主主義は、行政の意思決定に民意を反映させることに意義があり、民意の反映の方法も、単に投票権の行使に限局されるのではなく、さまざまな機会における行政に対する要請行動などを含む。そして、行政に民意を反映させるには、その意思形成の過程において民意を反映させることが必要である。それゆえ、このような民意の反映の不可欠の前提となる情報公開も、まさに意思形成の過程にこそ認められるべきである。

このような観点からすると、公開条例四条で公文書の公開請求権と全部公開原則を規定しながら、本条本号が、意思形成過程における情報の公開を制限しようとすることは、民主主義の理念に反し、憲法に保障された知る権利を不当に侵害するものである。

(2) 「当該若しくは同種の意思形成を公正かつ適正に行うことに著しい支障が生じるおそれ」を要件とすることの違憲性

本来情報公開が必要とされるべき意思形成過程における情報について、公開を制限するのは、知る権利の制約であるから、規定の文面上、その範囲が明確にされなければならない。知る権利の制約が、過度に広汎な規制あるいは、不明確な規制はこれを違憲無効とすべきである。知る権利についても、過度に広汎な規制や、規制対象の範囲が不明確である場合には、畏縮的効果(chilling effect)が認められるからである。これを公開条例五条六号についてみると、「当該若しくは同種の意思形成を公正かつ適正に行うことに著しい支障が生じるおそれ」は、どのような場合をいうのかが文言上全く分からず、規制対象が不明確であるから、過度に広汎な規制あるいは不明確な規制に当たる。

(3) まとめ

以上の理由により、公開条例五条六号は、違憲無効である。

(二) 本件処分の違憲性

(1) 非公開規定の解釈適用の方法

情報公開請求権は、前記のように、民主制社会に不可欠な国民の権利として、憲法上の保障を受ける基本的人権である。したがって、公開条例の解釈は、情報公開請求権の保障を充実、実現するための解釈、すなわち、非公開事由を可能な限り限定的に解釈することが要求される。このことは、公開条例前文、二条、四条、六条に明文化されている。

(2) 五条六号前段(意思形成過程)の該当性

被告は、平成二年七月二日、鴨川上流のダム計画を断念する旨述べているから、ダム建設については最終的な意思が確定したのであり、本件文書は、意思形成過程の情報ではないことが明白である。仮に、協議会が最終的な成案をまとめていないとしても、既に被告が採用しないことが明白となった治水対策方式に関する情報が意思形成過程の情報といえないことは明らかである。

(3) 同号後段(当該若しくは同種の意思形成を公正かつ適正に行うことに著しい支障が生じるおそれ)の解釈

被告がダム建設を断念し、これが報道されて一般に広く知られた現時点では、被告が主張する各委員に対する心理的圧迫の可能性はなく、意思形成に対する支障はない。また、公開することによって、関係住民に不安感を与えたり、土地取引が行なわれるという無用の混乱をもたらすおそれもない。

(4) まとめ

そこで、仮に、公開条例五条六号が合憲であるとしても、本件にこれを適用して、情報公開を拒否した処分は違憲である。

四  被告(原告の反論に対する認否)

(一)  原告の反論をいずれも争う。

なお、原告は、被告がダム建設を断念した現時点においては、本件文書は公開条例五条六号に該当しないと主張するが、行政処分の取消訴訟においては、処分後に生じた事由を処分の違法理由として主張することは許されないので、右の主張は主張自体失当である。

また、被告が、ダム案について見解を述べたことは事実であるが、これにより鴨川改修に関する治水対策方式を決定したものではなく、現在においても継続して検討中であるから、協議会にとっても、被告にとっても、依然として意思形成過程における情報であることには変わりがない。また、治水対策方式が決定した後であっても、実現しないようなダム構想案の位置図を公開するメリットは皆無であり、むしろ府民に無用の混乱や誤解を招くことになるおそれがある。

第三  証拠<省略>

理由

第一当事者及び処分の経緯

請求原因(一)及び(二)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

第二本件処分の合憲性、適法性

一憲法による情報公開請求権の保障

1 憲法二一条の規定は、表現の自由を保障している。そうして、各人が自由にさまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会をもつことは、民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流の確保という基本的原理を真に実効あるものとするためにも必要であって、このような情報等に接し、これを摂取する自由(いわゆる知る権利ないし情報アクセス権)は、右規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として導かれうるし(最判平成元年三月八日民集四三巻二号八九頁、昭和五八年六月二二日民集三七巻五号七九三頁参照)、国政、府政などが真に国民(住民)の信託によるもので、その権威が国民(住民)に由来しその権力が国民(住民)の代表により行使され、その福利は国民(住民)がこれを享受するという民主主義が行なわれるためには、国民(住民)は政府、自治体の活動を詳しく知らねばならない。秘密ほど民主主義を減殺するものはない。自治、即ち、国事、地方自治への市民の最大限の参加は、情報を与えられた公衆についてのみ意味をもつのである。したがって、立憲民主主義体制の下では、知る権利ないし情報アクセス権は、単に情報収集活動が公権力によって妨げられないことを意味するのみでなく、国民又は住民の誰もが行政機関等の情報を必要とするときに自由に入手することができる権利、即ち、情報の開示を請求し得るという情報公開請求権を法令等により保障するとともに、行政機関等に開示義務を課す情報公開制度を要求するものである。

2  しかし、もとより、右の知る権利、情報アクセス権は抽象的権利に過ぎないから、法令による開示基準と開示請求権の具体的内容、方法、手続の制定を待って初めて具体的な情報の開示を請求することができる権利となる。

3  そして、右の具体的立法をするにあたっては、知る権利の重要性から、公文書の公開を原則としなければならず、公開の内容、方法等に関する具体的立法は立法機関の裁量に委ねられるが、公開を制限する規定は、知る権利の具体化という制度の趣旨が損なわれないように、合理的理由のある必要最小限度のものにとどめなければならず、その立法目的に合理性があり、非公開が右の立法目的達成のために必要不可欠である場合に限り許される(<証拠>参照)。

二公開条例と知る権利との関係

<証拠>、弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められ、これを覆すに足る証拠がない。

1  京都府が制定した京都府情報公開条例は、その前文で「府が保有する情報の公開は、府民の府政への信頼に基づくより積極的な府政への参加を促し、豊かな地域社会の形成を図る上で、基礎的な条件である。また、府が保有する情報は、府民によって広くかつ適正に活用され、府民生活の向上に役立てられるべきものである」とし、「このような精神の下に、……府民に公文書の公開を請求する権利を明らかにすることによって『知る権利』の具体化を図る……ため、この条例を制定する」と規定している。しかも、この前文の解釈運用基準(<証拠>)には、前文の「知る権利」の具体化とは、憲法上の基本理念、抽象的な権利としての「知る権利」が、この条例の制定により具体化されることをいうとの解説が付されている。

2  具体的請求権の内容については、五条で公開しないことができる公文書を列挙して定め、同条各号には包括的に非公開文書を定めた規定はない。五条の解釈運用基準(<証拠>)も、この五条は、公開を原則とする公文書の公開の制度においても例外的に非公開とする情報を具体的に類型化して各号に規定すると解説している。

右の事実を総合すると、公開条例は、前示の、憲法の保障する情報公開請求権を府政において実現する趣旨で、具体的基準及び具体的請求権を規定したものというべきである。

そして、このことは、公開を請求し得る者が、府の区域内に住所、事務所を有する個人等及び実施機関が行う事務事業に利害関係を有する個人及び法人その他の団体に制限されていることにより左右されるものではない(四条)。

三公開条例五条六号前段の非公開の基準

1  公開条例は、前認定のとおり、民主主義の根幹をなす知る権利を具体化する立法であって、その重要性に照らすと、公開を原則とすべきものであり、公開を制限する規定の解釈にあたっては、その趣旨に反しないようにこれを厳格に解釈しなければならない。そしてこの解釈基準に照らすと、公開条例五条六号前段が意思形成過程の情報であって、「公開することにより、当該若しくは同種の意思形成を公正かつ適切に行うことに著しい支障が生じるおそれのあるもの」につき非公開を決定し得る旨を規定しているのは次の趣旨に解すべきである。即ち、行政における内部的な審議、検討調査研究等が円滑に行なわれることを確保する観点から情報公開の適用除外事項を定めたものであって、行政における意思決定は、一般的には、調査、研究、検討審議、協議、企画、調整などを積み重ねたうえなされるから、その間の行政における内部情報の中には、担当者レベルの検討素案や機関として未決定の検討案のように未成熟な情報や内部的な検討材料として外部から得た資料が多く含まれており、これを公開すると、府民に無用の混乱や誤解を生じさせたり、一部の情報利用者にのみ不当な利益、不利益を与えたり、行政内部の自由かつ率直な意見の交換が妨げられたり、内部的な検討のための必要な資料が得られなくなるので、これを防止しようとするところに本号の趣旨がある。

2 このように、意思形成過程の公文書の公開除外は、①行政内部で審議中の案件又は内容の正確性の確認を終了していない資料等で、公開することにより、府民に無用の誤解や混乱を招くおそれのある情報、②調査研究の結果等又は統一的に公にする必要のある計画、検討案等で、公開することにより、請求者等の特定のものに不当な利益を与えるおそれのある情報、③行政内部の会議、意見交換の記録等で、公開することにより、行政内部の自由な意見又は情報の交換が妨げられるおそれのある情報、④事務、事業の企画、検討等のために収集した資料等で、公開することにより、行政内部の審議等に必要な資料等を得ることが困難になるおそれのある情報を指している。

他方、情報公開の民主制社会における前示の重要性と、住民自治の理念からは、府政の意思形成過程への住民の参加を保障すべきことが要請されているから、結局、これと前示①ないし④の公開の除外の必要性との比較衡量において、とくに前者の公開の重要性に鑑み、後者による公開の除外ないし制限は、より制限的でない他の選び得る手段がない程度にゆるやかな公開の除外ないし制限でなくてはならない。

したがって、ここにいう行政の適切な意思形成の「著しい支障」は、客観的にかつその著しい危険の高度の蓋然性が存在しなければならないと考える。

なお、このように法令のいわゆる合憲性限定解釈により事案の処理ができる以上、原告主張の違憲判断をする余地はないし、その必要もない。

四本件文書の検討

次に、本件文書が五条六号前段に該当するか否かを検討する。

1  <証拠>、弁論の全趣旨、当事者間に争いのない事実を総合すると、被告は、鴨川改修計画の意思形成の一環及びふるさとの川モデル事業における整備計画検討委員会として、協議会を設置したこと、本件文書は、そもそもダム案を検討する余地があるかどうかを明らかにする必要から、被告職員が、二万五、〇〇〇分の一の地形図を基に、等高線から読み取る谷や谷地から、机上で貯水が可能な地形をダムサイト候補地点として、二〇か所を選定し、これを鴨川の流域の範囲及び鴨川、高野川などの主な河川が記載された概要図に整理番号を付して記載したものであってダムサイト候補地点として重要な地質、環境等の自然的条件や、用地確保の可能性等の社会的条件の考慮はなされていないものであり、これが第五回協議会に「鴨川の治水対策案(補足資料)」中に編綴されダムサイト候補地点選定位置図として提出されたことが認められ、これを覆すに足る証拠がない。

2  右認定の事実に照らすと、本件文書は条例五条六号所定の意思形成過程文書であることが明らかである。

3  意思形成過程文書である本件文書を公開することにより、本件鴨川改修計画若しくはこれと同様の意思形成を公正かつ適正に行なうことに著しい支障が生ずるおそれに当たる事情として、被告は、次の(一)ないし(三)のとおり主張するので、以下この点につき順次検討する。

(一) 被告は、前示三2①に当たるものとして、本件文書の公開が府民にあたかもある種の治水対策方式、即ち、ダム構想が特定され決定されたかのように誤解され事実に基づかない議論が高まることは必至であると主張する。しかし、本件文書は、前認定1のとおり、ダムサイト候補地点を二〇か所も概要図に整理番号で書き込んだものにすぎず、それ自体からして既に被告主張のような誤解を生む蓋然性は乏しく、その高度の蓋然性があるとは認められないし、また、本件全証拠によっても、右の誤解による事実に基づかない議論が高まることが客観的かつ高度の蓋然性をもって認めるに足る的確な証拠がない。

(二) 被告は、前示三2②に当たるものとして、ダム建設を当て込んだ土地取引が行なわれると主張するが、前認定1のとおり本件文書である概要図上には二〇か所もダムサイト候補地が記載されており、このいずれに決定されるかが不明である以上、これにより不当な土地の投機的取引が続発するとはいえず、本件全証拠によるもこれが客観的かつ高度の蓋然性をもって認めるに足る的確な証拠がない。

(三) 被告は、前示三2③に当たるものとして、ダム建設反対運動などが沸騰し、ダム建設による治水対策方式をめぐって陳情、申入れが行なわれ、協議会の委員に心理的圧迫を与えるおそれがあり、これによりきたんのない意見の交換に支障が生ずる旨を主張するが、本件全証拠によるもこのような事態が生ずる危険性が、客観的かつ、高度の蓋然性をもって認めるに足る的確な証拠がないのみならず、多少とも右の反対運動ないしこれによる心理的圧迫が生ずるとしても、前示三2の民主制社会における情報公開の重要性、の府政の意思決定過程への住民参加の要請に比較して、これを排斥すべき程著しい支障が生じるものということができず、本件全証拠によってもこれを認めるに足る的確な証拠がない。

4 前示三2④に当たる本件文書の公開により今後十分な検討材料が得られなくなるおそれは、被告においてこれを明確に主張しないのみならず、前認定1の本件文書の作成過程に照らし、到底これを認めることができない。

5  したがって、その余について判断するまでもなく、本件文書は、公開条例五条六号前段に該当するものではない。

五本件処分の違法性

そうすると、本件文書を、公開条例五条六号前段に該当するとしてした本件処分は、条例の解釈適用を誤った違法な処分というほかなく、これが適法であると認めることができない。

第四結論

よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉川義春 裁判官菅英昇 裁判官堀内照美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例